
明石市大蔵本町にある稲爪神社。明石市の東部大蔵谷の産土神として古くから信仰を集めている神社です。

創建は推古天皇の治世であった7世紀初め、鉄人(異国人)8千が兵を率い攻めてきた。朝廷は伊予の越智益躬に討伐を命じ、益躬は降伏すると偽って鉄人を油断させ明石の地まで導きます。ここで雷鳴・稲妻とともに伊予の三嶋大明神が現れ益躬を助け給い、たちまちに鉄人は討たれたのです。そして益躬は討ったこの地に三嶋大明神を祀りました。それが稲爪神社であり、稲爪は稲妻→稲爪へと変化したものとされています。
ちなみに大蔵谷の地名も三嶋大明神が現れる際に空が暗くなったことにちなんだ大暗谷が変化したものなんだそう。
古い神社だけに独特の神事も多く、先の鉄人伝説と関係のある牛乗り、そして江戸時代の謡い物の流れを汲む囃口流しは市指定、獅子舞は県指定の民俗文化財に指定されています。

この神社の随神門には左甚五郎の作と伝えられるスサオノミコト、ヤワタノオロチ退治の場面を描いた彫刻があります。この左甚五郎、実は明石出身と言う伝承があり市内の何箇所かに甚五郎作と言われる彫刻が現存していますが、こちらのものはかなり確率が高いそうです。

